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最高裁判所第二小法廷 昭和47年(し)51号 決定 1972年11月16日

申立人

有村教範

右の者に対する付審判請求事件について、昭和四七年七月一九日大阪高等裁判所がした裁判官忌避申立却下決定に対する即時抗告棄却決定に対し、弁護人道工隆三、同井上隆晴、同田原睦夫から特別抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、別紙添付のとおりである。

所論は、本件付審判請求事件を担当する大阪地方裁判所第七刑事部裁判官ら(以下本件合議部裁判官という。)が示した事件の審理方式は違法であり、本件合議部裁判官は不公平な裁判をするおそれがあるのに、その旨の抗告趣意を容れず、本件合議部裁判官には忌避事由がないとした原決定は、憲法三一条、三二条、三七条一項に違反する、というのである。

よつて案ずるに、付審判請求制度において、公正な判断機関として裁判所が選ばれている点から考察すれば、その審判の公正を担保するために、担当裁判官について除斥忌避などの規定が適用されるものと解するのが相当である(最高裁昭和四四年(し)第五三号同年九月一一日第一小法廷決定・刑集二三巻九号一一〇〇頁)ところ、一般に裁判官の忌避の制度は、裁判官が事件の当事者と特別な関係にあるとか、手続外においてすでに事件につき一定の判断を形成しているとかの、当該事件の審理過程に属さない要因により、当該裁判官によつては、その事件についての公平で客観性のある審理および裁判が期待しがたいと認められる場合に、当該裁判官を事件の審判から排除し、もつて裁判の公正およびこれに対する信頼を確保することを目的とするものであるから、その手続内における審理の方法や審理態度などは原則として忌避事由となりえないのであり、また、裁判官が特定の審理方式を示した場合において、その方式自体は適法、かつ、相当であつたとしてもなお審理過程に属さない要因に基づいて忌避事由が存するとすべきことがありうる反面、その方式が著しく違法不当であつたからといつて、かかる方式をとることがもつぱら前記のごとき審理過程外の要因の存在を示すものと認めるべき特段の事情が存するのではないかぎり、これをもつて裁判官を忌避する事由となしえないこと多言を要しない。

かかる観点から本件をみるに、刑訴法二六二条以下数条の規定によるいわゆる付審判請求制度は、準起訴制度とも称せられるとおり、公務員の職権濫用など特別の犯罪について検察官の起訴独占主義に対する例外を設け、検察官の不起訴処分に不服のある告訴人または告発人の請求に基づいて、裁判所が公正な判断機関として請求の理由の有無につき判断を加え、事件を裁判所の審判に付すべき旨の決定がなされたときは公訴の提起があつたものとみなされることとしたものであつて、かかる意味において、一種の司法審査ないし司法的抑制の機能を有するということができ、かつ、その裁判によつて、結果的には検察官の不起訴処分の当否についての判断が示されることになるわけであるが、しかし、それは直接に検察官の不起訴処分の効力を争い、あるいは起訴命令を求めるがごとき本来の意味における行政訴訟ではなく、請求人はもとより、被疑者あるいは検察官も、当事者たる地位を有するものではない。また、この請求についての審判は、いまだ公訴の提起されない段階において、被疑事実の存否ならびに起訴の要否につき、検察官の捜査結果と、必要に応じてみずから調査した資料を用いて真実の発見に努め、事件を審判に付すべきや否やを独自の見地から考察するものである点において、捜査に類似する性格をも有するものというべきである。

そこで、付審判請求についての審理および裁判にあたる裁判所は、この権限を委ねられた趣旨にそい、厳正公平な立場からその権能を行使すべきものであるとともに、これが、前記のとおり、捜査に類似する性格をも有する公訴提起前における職権手続であることにかんがみ、事実調査の実効の確保、被疑者その他の関係人の名誉の保護等のため、密行性をも重視する必要があるのであつて、その結果、手続の進め方、特に判断資料収集の方法等につき、おのずから制約を受けることもまた当然である。

これを具体的にいえば、付審判請求の審理および裁判において、審理の公開、被疑者の在廷等は法の予定するところでなく、また請求人はなんら手続の進行に関与すべき地位にないのであり(刑訴法二六六条、四三条二項、刑訴規則一七三条一項および同条三項における同規則三八条二項一号、同項三号後段、五項の準用除外等参照)、判断資料の収集については、対立的当事者の存在を前提とする諸規定、たとえば、訴訟関係人の書類・証拠物の閲覧謄写権(刑訴法四〇条、二七〇条)、証拠申請権(同法二九八条)、証人尋問における立会権および尋問権(同法一五七条)等の規定の適用ないし準用がないと解すべきである。

もちろん、付審判請求事件の審理における事実取調の方式につき、特定の方式を定めてこれ以外のものを禁止するような法規は存しないから、手続の主宰者として、公正、かつ、合目的的な手続の進行をはかるべき職責を有する裁判所は、適切な裁量により必要と認める方法を採りうると解されるのであるが、前示のような手続の基本的性格に背反するがごときことまで許される道理はなく、裁判所が裁量を誤り、その限度を逸脱した措置をとつたときは、これを違法とすべき場合もありうるわけである。

しかるところ、本件合議部裁判官が、本件付審判請求事件につき示したとされる審理方式なるものは、別紙のとおり(なお、その六項に「五項後段」とあるのは「四項後段」の誤記と認める。)であつて、これによれば、本件記録の閲覧謄写、証拠申請、証拠調における立会および発問等は、請求人および被疑者の権利として認められたものでなく、裁判所の裁量として許可されたものであることを看取するに足り、かつ、記録の閲覧謄写は弁護士である請求人代理人および被疑者弁護人にかぎつて許され、これにつき守秘義務が設定されるなど、密行性についての一応の配慮もなされていることが認められないではないけれども、右方式の主眼とするところは、裁判所がみずから判断資料の収集を行なうに先き立ち、検察官から送付された全記録の閲覧謄写を請求人代理人に許すこと、証人尋問に請求人およびその代理人を立ち合わせるのみならずこれに発問を許すことなど、訴訟事件にあつては許さるべくもない事項を可能としている点において極めて異例であり、かかる方式は、密行性のかなり広汎な解除による真実歪曲の危険および被疑者ならびに捜査協力者らの名誉、プライバシーの侵害の可能性など、そのもたらす弊害が必ずしも小さいとはいえず、これに優越すべき特段の必要性がないかぎり、裁量の許される範囲を逸脱している疑いを免れない。

さらに、本件の審理方式は、まず請求人代理人に記録の閲覧謄写および証拠申請のほか、証人・鑑定人の尋問および被疑者の取調における立会・発問を許し、ついで被疑者弁護人にも同様のことを許すもののごとくであるが、かくのごとく、請求人と被疑者とを相対立する当事者であるかのように取り扱うことがそもそも付審判請求手続の性質に反しているのであるから、これらの者を公平に取り扱つたからといつて右方式の問題点が解消するわけではないのみならず、この方式をしさいに検討すれば、請求人に許される事項と被疑者に許される事項との間には、たとえば、請求人代理人には全記録の閲覧謄写が許されている(一項)のに対し、被疑者弁護人に対しては、請求人申請にかかる事実取調の調書の閲覧謄写が許されない場合がありうることとされており(六項)、請求人申請の証人・鑑定人の尋問および被疑者の取調には、被疑者および弁護人の立会が原則として許されない(五項)のに対し、被疑者申請の証人・鑑定人の尋問および被疑者の取調に関しては、請求人およびその代理人の立会につきなんらの定めがないなど、かなりの不揃いが存することも明らかである。

すなわち、本件付審判請求事件の審理において、本件合議部裁判官が示したとされる審理方式は、前記のごとく裁量の範囲を逸脱した疑いがあるのみならず、本件合議部裁判官が請求人と被疑者との間に一種の公平を保持しようとしたものとしても、なお不揃いの点があるのである。そして、そのような方式による審理は、一般的には、事案の真相究明のうえにもなにほどかの傾斜を来たすおそれのあることも予測されないではなく、もしさような傾斜を目的としてことさらに本件審理方式が案出されたとすれば、それは前述したような審理過程外の要因の存在をうかがわせるものとして、まさしく忌避の事由となりうるものである。

したがつて、申立人が、これらの点は本件合議部裁判官が審理過程外においてすでに事件につき予断偏見を抱いていることの徴表ではないかと疑い、不公平な裁判がなされるおそれがあるとして本件忌避申立に及んだことは無理からぬ点なしとしない。

しかしながら、本件合議部裁判官が前記のごとき審理方式を示したことがただちに忌避事由となりえないことは前述したとおりであるのみならず、これがもつぱら忌避事由たるべき審理過程外の要因に基づき、ことさらに案出されたものと解すべき特段の事情も本件においてはいまだ認めがなく、また、右方式はなお暫定的なものとして審理の進行にともない修正されることもありうるやも知れず、前示不揃いの点も、たんに書面作成上の不備にとどまるのではないかと見る余地もないではない。

また、もし申立人が、被疑者は右審理方式により不利益を受けるものと考え、これが違法であるか否かを明確にする必要があるとするのならば、よろしく他の然るべき方法によつて直接的にその救済を求めるべきであつて、忌避申立をかかる目的に流用するがごときことは許されないといわなければならない。

そこで、当裁判所は、いずれにせよ現段階においては、本件忌避申立を却下した地裁決定を維持した原決定の結論は相当とするに足りるものと認める。それゆえ、所論は結局その前提を欠き不適法とすべきものである。

よつて、刑訴法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(岡原昌男 村上朝一 小川信雄)

<別紙一>

一、請求人および被疑者の弁護人に対し、本件記録の閲覧、謄写を許す。但し、もとよりこれは、本請求事件のために必要と考えるからの措置であり、従つて一般公開はいうまでもなく、他の目的のために絶対に使用しないこと。

二、記録を謄写した場合は、その部数と謄写記録の保管者を裁判所に明示すること。

三、請求人および被疑者側は、職権の発動を促す趣旨で証拠の申請をすることができる。証拠の取調べは、請求人側申請のものから始める。

四、請求人側申請の証拠を取調べる際には、請求人の立会および質問を許すが、一般には公開しない。

被疑者側申請の証拠を取調べる際には、弁護人の立会および質問を許すが、一般には公開しない。

五、請求人多数につき代表請求人制度を設け、その数を三名とする。代表請求人は、請求人側申請の証拠の取調べに常時立会われたい。代表請求人以外の請求人が審理に立会うことは差しつかえない。(現在代表請求人は弁護士佐伯千仭、同松本健男、同樺島正法である。)

なお、本件審理は集中審理を予定するので、請求人側の書記役として請求人事務局員二名(原則として特定のもの)の立会を認める。

六、本件審理に関する記録は、請求人および被疑者の弁護人に閲覧謄写を許す。

<別紙二>

一、請求人代理人に記録の閲覧謄写を許す。請求人代理人は、謄写記録をもつぱら本件付審判請求事件のためのみに利用し、これを外部に一切発表しないこと。

二、請求人(その代理人を含む。以下同じ)に職権の発動を促す意味での証拠申請を許す。

三、請求人の申請にかかる証人・鑑定人の尋問および被疑者の取調は、原則として法廷で行ない、請求人に立会の機会を与え、証人、鑑定人および被疑者に対する質問を許すが、一般には公開しない。

四、被疑者の弁護人に、検察庁より送付を受けた本件捜査記録の閲覧謄写を許す。弁護人は、謄写記録をもつぱら本件付審判請求事件のためのみに利用し、これを外部に一切発表しないこと。

五、請求人の申請にかかる証人・鑑定人の尋問および被疑者の取調には、原則として、被疑者およびその弁護人を立会わせない。

六、請求人の申請にかかる事実の取調が全部終了した後、原則として、弁護人に、その事実の取調に関する調書の閲覧謄写を許す。謄写書類の取扱いについては、五項後段と同様とする。

七、請求人の申請にかかる事実の取調が全部終了した後、弁護人に職権の発動を促す意味での証拠申請を許す。

八、弁護人の申請にかかる証人・鑑定人の尋問および被疑者の取調も原則として法廷で行ない、被疑者およびその弁護人に立会の機会を与え、証人・鑑定人および被疑者に対する質問を許すが、一般には公開しない。

弁護人道工隆三、同井上隆晴、同田原睦夫の抗告の趣意

一、原決定は、付審判請求事件の審理が捜査と極めて類似した性格を有するものであることを肯定し、その審理に記録の閲覧謄写権、証拠申請権、立会質問権の規定の適用ないし準用はないとされながら、裁判所の自由裁量として全記録の閲覧謄写、請求人のみの立会質問を認めることが許さるとし、本件付審判請求事件の担当合議部が示した本件審理方式は異例というべき措置であるけれども、違法とか許された裁量の範囲を著しく逸脱しているものではないとする。

しかし本件審理方式は次の理由によりやはり違法なものというべきであり、この点についての原決定は刑事訴訟法の解釈を誤り、ひいては憲法三一条に反する誤れる見解といわねばならない。

1、付審判請求事件の審理において裁判所がなす「事実の取調」の方式については、原決定が指摘するとおりその審理の性格が捜査の性格をもつものと解すべきであるから、その性格より自ら制限があり、裁判所がその審理に際し認められる裁量もその限度内において認めらるべきである。

2、右の審理の性格より生ずる制限の最も大きなものは捜査の秘密、密行という捜査の大原則からくる制限である。刑事訴訟法一九六条が捜査関係者に「被疑者その他の者の名誉を害しないように注意し」と規定しているのはこの捜査の秘密、密行の原則の一面をいつたものであるが、付審判請求事件の担当裁判官にもこの刑事訴訟法一九六条の適用があることは当然である。事件担当裁判所に捜査記録が送付され、裁判所の手許にそれがあるからとてその全部を請求人に閲覧謄写させたり、取調べる被疑者証人尋問の全過程に請求人を立会せ質問を許したりするが如きいわゆる当事者公開主義的審理方式は、捜査の秘密、密行の原則に全く反し、被疑者その他関係者の名誉を害し、公正な証拠収集を妨げるものであつて、裁量としても許さるべきものではないというべきである。

3、原決定は、本件審理方式のうち記録の閲覧謄写について、弁護士たる代理人にのみ許されており、外部に一切発表してはならないとされているから被疑者その他の関係者の名誉を害する虞はほとんどないとするが、請求人に立会質問を認めている限りにおいて請求人の代理人が請求人に謄写した記録を閲覧させることまで禁じたものとはいえないであろうから、請求人からの秘密漏洩も充分考えられ、ことに本件のごとく請求人が被害感情の強いと思われる遺族であつてみれば、被疑者その他の関係者の名誉を害する虞れは否定し得ないのである。更に刑事訴訟法四七条は「訴訟に関する書類は、公判の開廷前にはこれを公にしてはならない。」と規定しており、この訴訟に関する書類の中に捜査記録も含まれると解されるのであるから、この規定からしても全捜査記録の閲覧は違法というべきである。もつとも右条項には但書の例外規定が存するが、権利として認められていない閲覧謄写を請求人に認めるがごときは「公益上の必要その他の事由」に当らないものというべきである。

4、原決定は、請求人の立会質問について、裁判所の主宰のもとに行われるから被疑者の名誉保護について充分な配慮が期待できるとするが、請求人の代理人の数について付審判請求事件においては刑事訴訟法三五条、刑事訴訟規則二六、二七条のごとき規定はなく何ら制限がないのであるから多数の代理人がつくことが考えられ、それら多数の代理人が証人等の取調べに立会い、いれ代わりたち代り質問するという場合も予想され、しかもこれらは被疑者弁譲人の立会等による抑制なく行われ、又昨今の時には寛大ともいうべき訴訟指揮がみられる現状において、全く異常な雰囲気、圧迫下のもとでの証人調の可能性が充分考えられるのである。かかる場合においては被疑者その他の関係者の多大の名誉を害するのみならず、証人等の供述が歪められ付審判請求事件の判断を誤まらしめることにもなるのであつて、捜査の性格を有する付審判請求事件の審理においてかかる事実の取調べは到底認めらるべきではない。

5、原決定は、自由裁量として請求人に立会質問を認め得るとするが、請求人に対しどのような立場において何の権限に基づき質問することを認めようとするのであろうか。刑事訴訟法は捜査権の検察官、司法警察員等法令で限定された者にのみ与えており、唯例外的に付審判請求事件の場合、裁判所にこれを付与しているのである。従つて付審判請求事件において裁判所がなす事実の取調べは捜査権の行使ともいうべきものであるが、かかる性格を有する事実の取調において請求人に立会質問を認めることは、一私人に捜査権の行使を委ねたことになるものといわざるを得ないのである。このような法律に規定のない捜査権の行使の委譲はまさしく人民裁判に通ずるものであり、憲法三二条に反する違法なものである。

6 原決定は、本件審理方式をいわゆる当事者公開主義的審理方式であるとしているが、当事者公開主義的審理とは通常資料を当事者に公開し、証人調においてはクロズエグザミネーションにより互に攻撃防禦を尽させることをいうと解すべきであるのに、本件審理方式は請求人の一方的な立会質問のみを認め、被疑者弁護人を立会せないとしており、交互尋問により得られる公正さの保障をも放棄した真の当事者公開主義的とは到底いえない不当な方式なのである。もつとも本件審理方式では後日被疑者側に取調べの機会を与えるというのであるが、以前の供述を録取した書面についてなされる反対尋問は、証人の態度、言葉の調子などの考慮もなしえず、その効果からいつても真の意味の反対尋問ではなく、もはや交互尋問とは称しえないのである。かかる意味においても本件審理方式は裁判所の裁量の限界を逸脱したものというべきである。

7、原決定は、本件審理方式を異例な処置ではあるけれども自由裁量の範囲内であるとするが、そもそも記録閲覧謄写、立会質問についての規定の適用も準用もなく、権利として認められないのに、自由裁量によりかかる権利を請求人に実質的に付与することは許されないというべきであり、又付審判請求事件の審理にかかる広い裁量権を認めることは、裁量の名においていかなる方式をも認めることに通じ、各裁判所に恣意的、便宜的な方式をとらしめることになるのである。そしてこのようなまちまちな方式による審理を許すことは刑事手続の画一性、厳格性に反し、不公平な裁判を懸念させることになり、又客観的にも不公平な裁判をする虞が生ずるのである。本件審理方式はまさに異例なるがゆえに違法なものというべきである。

二、原決定は、本件担当合議部裁判官の本件審理方式の採用が忌避理由に該当するか否かについて、裁判官のなす審理方針等が裁判権の範囲を不当に著しくこえてなされ、それが裁判官の事件または当事者に対する予断偏見に基づくものと認められる場合でない限り、たとえそれらに瑕疵があつても上訴その他の不服申立制度により救済さるべきであつて、忌避の理由とはならないとする。

しかしこの点の原決定は次の理由により刑事訴訟法二一条の忌避の規定の解釈を誤つたものであり、ひいては憲法三七条一項に反する誤れる見解といわねばならない。

1、原決定は、付審判請求事件の審理方針等についての瑕疵は起訴後の公判手続で争うべきであるとするが、起訴後において起訴前の審理方式の違法不当を争う余地が果して存するであろうか。付審判請求事件において被疑者その他の関係者の名誉が侵害されることは無視されてよいのであろうか。付審判決定に基づく訴訟手続への移行は勿論上訴ではないし不服申立の制度でもないのである。付審判請求事件における手続の違法はその付審判請求事件において救済さるべきであり、それが刑事訴訟法一条の精神でもあるのである。

2、原決定は、忌避理由に該当する場合を、裁量の逸脱が不当に著しく、それが裁判官の予断偏見に基づくと認められる場合に限られると狭く限定しているが、審理方式の如き手続の基本、根幹において裁量の逸脱があり、それが違法と認められる限り、その違法な審理方式を採用する裁判官に主観的意図はともかく客観的にみて不公平な裁判をする虞があるというべきである。

3、原決定は、本件審理方式が被疑者に対しても記録の閲覧謄写及び請求人側の事実取調終了後の証拠申請、立会質問を認めており、防禦権を十分保障しているから、一方的に偏して歪められた証拠資料の収集のないよう十分な配慮があるとするが、そもそも被疑者側にも記録閲覧等を認めた本件審理方式が示されたのは、被疑者が請求人にのみ示された当初の審理方式(請求人にのみ記録閲覧謄写、証拠申請、立会質問を認めた方式)をたまたま知つて、弁護人を通じてその審理方式をただした際にはじめて示されたのである。(尚より正確にいえば原決定添付別紙の本件審理方式六項以下はそのような方針を考慮中である旨口頭で述べられたのであり、本件忌避申立後にはじめて原決定添付別紙記載どおりの書面の交付をうけたのである)若し当初請求人に示された審理方式を被疑者が知る機会がなかつたなら、全く一方的に請求人側の関与により事実の取調べが行われていただろうことはたやすく推測されるのであり、このように本件審理方式が請求人に迎合した形で認められたものであつて、一方に偏した証拠資料の収集がなされる可能性があつたことに鑑みれば、担当裁判官の予断偏見もあながち否定しえないところである。

三、憲法三一条が適正手続を保障した規定であることはつとに最高裁判所の判示するところであり、これの保障が付審判請求事件にも認めらるべきは当然である。又憲法三七条一項は公平な判裁所の裁判をうける権利を保障したものであり、この保障も又付審判請求事件に認められるべきはいうまでもない。しかるに原決定が、裁量の範囲を逸脱し違法というべき本件審理方式による審理を是認し、この方式によつて本件付審判請求事件の審理をされようとする裁判官に不公平な裁判をする虞がないとして抗告を棄却したことは、憲法三一条及び三七条一項に違反し、或いは同条項の解釈を誤つたものであり、取消さるべきである。しかもこの原決定が将来の同種事案に及ぼす影響は非常に大きいものがあることを考えるとき、原決定をそのまま是認することは正義に反するものといわねばならない。よつて原決定の取消を求め本特別抗告に及ぶ次第である。         以上

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